モリズム #9
【一挙一動】
◆こんなことがありました
先日、第80回早慶バスケットボール定期戦が代々木第二体育館で行われました。僕自身5回目の早慶戦になりますが、代々木で開催されたこと、3年ぶりの有観客だったこともあり、かなり印象に残る試合でした。当日券も全て売り切れ満員、応援部が観衆を煽り、1プレー毎に歓声が上がる。大音量過ぎてベンチとコート間で指示が通らない、という経験は初めてでした。
今回はその時の話です。
試合は大差がつきましたが、4Q終盤までホセイン・サデソヒ・剛(以下ホセ)が、4年生で唯一無得点でした。最後は花を持たせてあげたい、そう思った矢先、際どい判定でAnd 1を与えてしまいました。
ホセ曰く、
「あのAnd 1はマジで焦ったっす。自分だけ点獲ってないのも分かってたんで」。
「でも、森さんが立ち上がって拍手してGoodサインしてくれたんで、落ち着けたっす。マジであれはデカかったっす。あのお陰で(後に獲得した)FT4本全部入ったっすね」。
なんて嬉しいことを言ってくれるんでしょう。笑
判定が際どく、「切り替えようぜ」の意図でそういったアクションに僕自身至っており、いつもやっているような行動でした。(リップサービスもあるにせよ)まさか僕のアクションがそれほど選手の心理に影響しているとは思いませんでした。
もう二言くらい「これが『コーチ冥利に尽きる』ってやつか…」と嬉しくなっちゃう言葉を貰いましたが、本人の名誉の為に伏せておきます。笑
今回分かったことは「自分が思っている以上に、選手はコーチをよく観てる」ということ。
先日、大学院の授業で、バレーボールの先生がこんなことを仰っていました。
「サーブミスとか、レシーブ出来なかったとか、試合中は色んなことが起こる。その時に、私が『たまたま頭を掻いていた』『たまたま深く息を吐いた』『たまたまちょっと凝ってたから首を回していた』。これ、どう映るだろうね?」
◆まとめ
僕の場合は、能動的なアクション。
バレーの先生の場合は、特に深いメッセージの無い行動が、変に意味づけられて選手に知覚される。
両者少し意味合いは異なりますが、選手は僕たちの言動を「コーチからのフィードバック」として多少なりとも受け取るわけです。
コーチの顔色を常に伺ってプレーする、という状態が健全だとはあまり思いませんが、コートのすぐ横にいるので嫌でも視界に入ります。
「如何なる状況でも、ポジティブな感情で高いパフォーマンスを発揮してもらいたい」という前提に立つのなら、もう少し「コーチは観られている」ということに注意を払う必要があるな、と思った出来事でした。
僕自身、何かと感情が表に出やすいタイプなので、気を付けなければいけないと感じます…。
「これって試合は勿論、練習中にもより当てはまることなのでは?」とか
「よく考えたら、裁いてくださる審判団にもネガティブな言動絶対見られてるよな、、、」とか色々考えてますが、長くなりそうなので今回はここで終わりです!
お読み頂きありがとうございました!
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突然ですが、皆さん「球辞苑」をご存知ですか?
プロ野球におけるマニアックなテーマ(アンダースロー、ホームスチール、テキサスヒット等々)を、レジェンドや現役選手、研究者のコメントを基に深掘りする、僕が好きなテレビ番組の1つです。(里崎さん回は神回確定)
そして先日、「サッカーの園」という、サッカー版「球辞苑」のような番組を偶然視聴。こっちも面白かったです。
双方とも、僕が知らない選手が大勢出てきますが(歴史を感じます)、内容やトークの面白さが際立って終始楽しく観られます。
野球やサッカーが「メジャースポーツ」として歩んできた凄みを感じて、「いつかバスケットでも似たような番組が観られるといいなあ、色んな楽しみ方ができるといいなあ」なんて思いました。
今回から、「アイスブレイク」は辞めて、編集後記的にここにこぢんまり文章を書くことにしました。
こっちの方がしっくりくるな…。