島本和彦の
#バスケットボールジャーニー
Vol.3
11チームで発進のNBA、
2年目は7チーム。
島本和彦
(バスケットボール・ジャーナリスト)
バスケットボールのBリーグが出来て5年。新しいスポーツ団体として健闘はしているものの、まだまだ歴史は浅い発展途上のリーグだ。
プロスポーツとしては古くは江戸時代から神事としての興行を打つ大相撲、プロ野球はジャイアンツの発足から87年、サッカーが28年。ここらが日本のプロスポーツの目立ったところで、安定している団体と言えるだろう。
さて、アメリカの4大プロスポーツと言えばMLB(メジャー・リーグ・ベースボール)、NHL(ナショナル・ホッケー・リーグ)、NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)そしてNBAだ。NBAだけが75年でMLB145年、NHL103年、NFL101年の3つはそれぞれ100年オーバーの歴史を誇っている。
野球の起源のスポーツはイギリス発祥のクリケット、フットボールはサッカーとラグビー、ホッケーはヨーロッパ北部でのスケート遊びからの進化では? と言われている。バスケットボールが生まれたのは1891年だから今年で生誕130年ということになるが、先の3スポーツが屋外での競技であるのに対して、冬季に室内でやるスポーツを、というコンセプトで人工的に創案されたということから考えると素晴らしい世紀の大発明と言えると私は思っている。
アメリカのニューイングランド地方のボストンから車で1時間半ほどの所にあるスプリングフィールド(マサチューセッツ州)という大学の街のYMCAで生まれたバスケットボールは19世紀中には全米のYMCAのスポーツプログラムの一種目として広がっていき、20世紀に入ると世界中のYMCAでプレイされるようになったのである。そして、第1次世界大戦、第2次世界大戦のアメリカの参戦でさらに広がっていった。
まあ、簡単に言えば、アメリカ軍の行くところにはキャンプ(基地)が出来。そこには必ずバスケットコートが作られ、兵隊さんがプレイする。それを金網越しに見た世界の人々は「ありゃ、なんだ?」ということで、ドンドン広がって行ったということになるのだ。1936年にはベルリンオリンピックも行われているし、ほぼ、世界中に伝播したといえるだろう。
さて、1920年代くらいから大学バスケが盛んになって来て1939年にはNCAA(全米大学)選手権も始まる。その大学で活躍した選手たちの受け皿がBAA(バスケットボール・アソシエーション・オブ・アメリカ)、後のNBAだったわけである。
この1939年の9月に英独戦争、1941年の6月に独ソ戦争、12月からの太平洋戦争などで第2次世界大戦が勃発。それは1945年5月のドイツ、8月の日本の降伏まで続いたのである。唯一本土は戦火にさらされることのなかったアメリカは復活も早く、1年後の1946年の11月11日にはBAA(~1949、)のレギュラーシーズンが始まったということだ。
リーグスタートの年の加盟チームは11チーム。
イースタン(6)とウエスタン(5)の2つのディビジョンに分かれていた。
〇イースタン
ワシントン・キャピタルズ
フィラデルフィア・ウォリアーズ
ニューヨーク・ニッカボッカーズ
プロビデンス・スティームローラーズ
トロント・ハスキーズ★
ボストン・セルティックス
〇ウエスタン
シカゴ・スタッグス
セントルイス・ボンバーズ
クリーブランド・レベルズ★
デトロイト・ファルコンズ★
ピッツバーグ・アイアンメン★
となっていたが、1年でつぶれたチームは★印で示してみたが、全く注目を浴びることも無く、当時はラジオ放送も、当然のことTVもありません。新聞も地元の新聞がちょこっと報道という状態では、機を見るに敏の経営陣はすぐさま手を引いたということである。
この11チームをアメリカ的に言うと“チャーターチーム”と言うのだが、75年後の今もフランチャイズもチーム名も変えずに残っているのはニューヨークとボストンの2チームだけ。もう一つ西海岸のサンフランシスコに拠点を移し(1962年)、ゴールデンステートになっているウォリアーズはさすがという所といえる。
なお、初期の経営者はNHLのオーナーが多く、保有していたアイスアリーナのNHLのゲームの無い、アリーナの空いた日のためにバスケの興行をと眼をつけたのだと言われているがさすがである。ビジネスマンの考えることは鋭いものだ。
皆さんの愛するNBAはかように出来上がって来たということになる訳で、今の状況からすると嘘みたいではあるのですな。